西野椰季子先生の今日のブログを読ませていただいて思ったことがあります。
アコルトではこだわりがあって他とは違う切り方をしているのに、「バゲットはこう切るのが当たり前だろう!」と怒るお客様がいらっしゃる、というようなことを書かれていたんですけれどね。
西野先生は人間ができているからソフトだけれども、僕だったら、「他の自己啓発セミナーではこうなのに、石井さんのところはこうだから改めろ」と批判されたら、もうすごく頭にきますね。不機嫌丸出しになっちゃいますよ(笑)
「石井さん、これは違うんじゃないか」と言われるぶんには、僕も、「そうかもしれないな」とじっくり考えてみることができます。だって、僕のようなぼんくらは、気づいていないうちに、とんでもない間違いを犯している可能性なんて、いくらだってあるわけだから、そうやって教えてくれる人は大切にしたいし、素直に受け止められる自分でありたいと思っています。
でも、その批判の根拠が、「他ではこうだから」という理由だったとしたら、まったく意味が違ってくる。笑顔でなんかいられませんね、僕は。
それはなぜかというとね、「他がこうだから」という理由を大義名分にして非難する姿勢っていうのは、そのまま「いじめ」の発想につながっているからなんですよ。
他の人と違うからいじめる。それは、個性というもの、その人が、たったひとりのかけがえのない存在であるということを、無意識的に否定していることになるんです。それがいじめる側のメンタリティの正体なんです。
ましてや僕は、前にも書いたけれど、「あまのじゃく」なものですから、「他と違うから正せ」というニュアンスを行間にすこしでも感じると、もう絶対にその人の言うことは聞きませんね。「ふざけんなよ。気にいらなきゃ、とっとと他いけよ。あんたのいいと思うその自己啓発セミナーで楽しめばいいだろう」ってね。一応、お客様だと思うから、心の中で叫ぶだけですけどね(笑)。そんな人は、ただの「お客様」ですよ。僕にとっては。
自分が否定されたから怒るんじゃなくってね。一人ひとりの人間の個性を軽んじている発想。そういう発想に蝕まれているのに、それに気づかずに「他はこうだから」という理由で個性を非難する態度。それが我慢ならないんです。
許したくないんです。そういう態度を、僕は。