ずいぶん昔のノートが出てきて。セラピーをはじめたころだろうから、たぶん、15年以上前のものだろう。
本で読んで感銘を受けた言葉とか、そのときに考えていた疑問とか、気づきとか。たくさんの言葉が走り書きしてある。
僕には、いわゆるメンターなんかいなかった。リアルなセラピーの中で、悩みながら、傷つきながら、考えながら、少しずつ成長していった。
だからだろう。世間の人たちが「自分のメンターが云々......」などというのを聞くと、なにか甘えているように感じてしまう僕は、天邪鬼なだけなのかもしれないけれど。
ただひとついえるのは、僕の相談相手はこのノートだけだった、ってこと。いまと変わらぬ雑で下手な字には、まあ目をつぶるにしても。
そんな走り書きのなかのひとつ――
去るものは追わず、逃ぐるものも追わず、
去るものの去らんとするや突き放し、
依りかかるもの依らしめず、
頼るものには身をかわし、
縋るものは振り捨てる。
ただ独り立つものにのみ手を与える。
これは、野口晴哉先生の若いころの著書の中にあった文章だったはず。
ただ独り立つものにのみ手を与える――。この、表面的には、厳しさだけが強調された、冷たくも感じられる姿勢。しかし、その裏には、人間一人ひとりのもつ力に対する絶対的な信頼がある。それがいまは、僕にもすこしわかる気がする。
優しさに流されてもダメだ。厳しさに固執してもダメだ。ほどよい真ん中あたりなど、なおダメだ。
その人への絶対的な信頼だけが問題なのであって、優しくあるか厳しくあるかなどということは、どちらにしても本質的に重要なことではないのだ。