「新しく仕事を企画するにあたり、ぜひ石井さんのアドバイスがほしい」とか、「これから本を書くので、心得とかを聞かせてください」とか、「こんどセミナーをやるので、いろいろ教えてください」とか、言われる。
そういうことはとってもよくあるのに、そんなとき、僕は、いつも同じ失敗をしてしまう。
身を削って得てきた気づきやノウハウを、自分としては、惜しげもなく、話す。こういうときはこうしたほうがいいんだとか、ここはやっぱりこういう考え方が求められるんだとか、みんなはこんなことを求めているんじゃないかとか、僕はこういうことをやって失敗したり成功したりしてきたんだとか、そんなことを夢中になって話す。
ひとしきり話し終わる。火照った顔で、呼吸を整える。
そのころになると、相手はようやく、「たいへんためになるお話をしていただいてありがとうございます。で、実は今日は、お願いがあって――」と、本当の用件を出してくる。クリアフォルダかなんかにはさんだ、書類を出してくる。「石井さんのブログとかメルマガとかで、これを紹介してくれないか」と。
なんだ。
そういうことだったのか。
だったら、最初からそういってくれればよかったんだ。最初から「紹介してください」と言ってくれれば、気持ちよくそうしてあげたんだ。アドバイスをくださいだなんて言うから、バカみたいに、ほんとうにバカみたいに、夢中になって話しちゃったじゃないか。
相手は、熱心に聴いているふりをしながら、「早く話をやめてくれないかあ。本題に入りたいんだけど」なんて、思ってたんだろう。何かお願いするときの礼儀だと思って、嫌な顔をしないように、ずっとがまんして頷いていたんだろう。悪いことしたな。
みっともないことだった。求められてもいないのに、いい気になってひとり夢中になって語ってしまった。
僕ごときのけちなブログやメルマガで紹介してもらうだなんてことよりも、僕の生身の知識や経験やノウハウのほうが、ずっとずっと価値があるはずだと、やっぱりそう思えるけれど、それもきっと、僕の傲慢なのだということも分かるから、よけいに切ない。
......と、いつも自己嫌悪に陥ってしまう。
でも、また別の誰かに「新しく仕事をはじめるので、ぜひ石井さんのアドバイスをください」なんて言われたら、やっぱり夢中になって話してしまうんだろう。
そして、自己嫌悪に陥りながらも、求められてもいないのに熱くなって語ってしまった自分を、抱きしめるようにうなだれて帰るのだろう。
それでいい。そんな僕でいい。
泣きたいほどみっともない思いに傷ついても、僕だけは、死ぬまで僕の味方だから。