京都のMさんに教えてもらった、法隆寺金堂などの復興を果たした最後の宮大工、西岡常一さんの本、『木のいのち木のこころ』を最近、読んでいます。
実に味わい深い言葉の宝庫です。とくに弟子の教育に関するお話には、はっと気づかされることばかり。たとえば――
学校と違って、百点を取ったら偉いというのとは違いますのや、仕事は。百点を取るのが当たり前なんです。それと、学校の先生と生徒みたいな関係とも違いますな。百点を取らせるために先生が頑張るということはないんです。
褒めて励ますというのはあるでしょうが、褒めておだてて仕事を覚えてもらわなならないことなんて何もないんです。嫌なら覚えんでもいいんです。仕事を覚えるのは義務教育やないんです。途中で自分はだめやなと思うて辞めていく人はいます。だめやなと思うた時点で、もうあかんのです。その代わり辞めずに、覚えが悪くても覚えようという者にはじっくりつきあいます。だがこのときも、褒めたり、おだてたりはしません。
(西岡常一ほか『木のいのち木のこころ<天・地・人>』より)
まさにPM的指導者の姿ですね。自分の仕事に誇りをもっている指導者なら、きっとみんな多かれ少なかれそうするはずだと思うのです。なかなか現実には、難しいところがあるのは分かっていますが、やっぱり、僕も、こういう気持ちでいたい。
自分にとって都合のいい弟子や部下にするために褒めたりおだてたりして仕事をさせるのではなくて、あくまでもその人の主体性を大切にする。これがPMです。いいですか? これが僕の言っているPMなんです。
主体性がなければ、仕事にプライドなどもてません。だから、どんな仕事も職人的なプライドをもって向き合うべきだと信じるなら、部下や弟子の主体性も大切にしてあげるべきです。そう信じるからこそ、新しく入ってくる人には、ぶら下がって、教えてもらったり、なにかしてもらうのを待っているんじゃなくって、自分から求めていく主体性とか責任感がほしいと、僕は思うのです。
話がそれましたが......、これは、何度も読みたい、とてもいい本です。まだお読みでない方、とくに部下や社員を導く立場の方に、おすすめします。