たとえば、ネズミのいるところに腹の減ったネコを放ったとする。
ネコはネズミを殺して食べる。
それは全面的にネコの本能だから、ネコを責めることはできない。ネコには自由がない。自由がないことをわかっていて、ネズミの前にネコを放った人が悪い。
動物の場合には、そういうことが言える。
でも、ひとり人間には自由というものがある。
その自由というのは、「腹が減ったし金を払うのもいやだから盗んで食べよう」と決断することもできるし、「そんな悪いことはしたくないから空腹に耐えよう」と決めることもできる。
そう望めば、悪にでもなれる――。それが自由ということの意味だし、つまり、人間だということの証だ。
だから、悪は人間にしか成立しない。動物は、どんなひどいことをしても、それは必然的な本能であって、悪ではない。
決めるのは、どこまでいっても、やっぱり自分だ。決める責任を負うつもりがないのなら、その人は動物に過ぎない。都合の悪いことや、うまくいかない人生を他人のせいにする人は、動物が服を着ているだけであって、人間ではない。
ボクはまだ人間か?
キミはまだ人間か?
2008年のできごとの数々――。
やはり、すべては僕ら一人ひとりが決めたこと。
それ以外の言葉は、すべて言い訳に過ぎない。





