2008年11月アーカイブ

澄んだ河ほど浅く見える

20代の半ばくらいのころ、カナダ人の親友がいて、僕より10歳以上年上だったのだけれど、彼は、「いやあ、歳をとればとるほど、人生が面白くなってくるなあ」といつも口癖のように言っていた。当時は、そんなものかなあと思って聞き流していた僕はというと、なんだか人生なんて、自分なんて、たかだかこんなもんだろうというように、先が見えているつもりになっていたようなところがあって。

でも、あれから20年たって、ほんとうに彼のいったとおりだなあとしみじみ思う。

歳を重ねれば重ねるほど、毎日がどんどん面白くなってくる。20代のころよりも、ずっと多くのことに興味がもてるし、やりたいことも圧倒的に増えてくる。もちろん、できることも増えてくる。わからなかったこともわかるようになってくる。

逆に、できていると思っていたことが、実はまったくできていなかったのだということに気づいたり、わかっていると思っていたことが、ほんとうはゼンゼンわかっていなかったのということがわかったりするのも、最高に嬉しいことだ。

こちらが成長すればするほど、対象もまた、ますます深く、その正体を明かしてくれるようになる。

だからきっと、人生なんてこんなもんだと思っている人は、人生が浅いのではなくて、その人が浅いのだ。仕事がつまらないと思っている人は、仕事がつまらないのではなくて、その人がつまらないのだ。

どんなものでも、その人の成長しだいでどんどん深くなっていくもの。一見、浅く単純に見えるものほど。

典型的

今日は、熱出して寝込むの巻。

原稿終わって、不覚にも気を抜いたかな......。

これがいつもの僕らしいオフの日の過ごし方なのです(笑)

雑貨屋にて

1128.jpg

サンタクロース的なカメ。掌に載る小ささです。あまりにもかわいい顔だったので、大小ふたつ衝動買いしました(笑)。

(ちなみに、ココペリ先生とそっくりの笑顔です。)

今日は、どうでもいいにもほどがある話題で、失礼しました。


【追記】 あれ? カメかと思ったら角がある! かたつむりでした......。

『意識と本質』

1127.jpg

最近、移動時間にちょこちょこ読んでいた本。井筒俊彦先生の『意識と本質』。今日、ようやく読み終わりました。

いや~、実に面白かった。こんな面白い本、読んだことないなあと思うほど。地下鉄で、目的地に着いちゃって、読むのをやめるのが残念でたまらなかったこと、しばしば。

いっけん、難しそうに見えるけれども、著者の思考の流れにのって読んでいく楽しさが味わえる本。

定番なので、すでにお読みなられた方も多いと思いますが、とくに、禅とかカバラとかが好きな人で、まだ読んでいないという方には、ぜひおすすめします。

自慢

誰かの自慢話を聞いていて、「そんなこと自慢になるのかな。むしろ、それって恥ずかしいことなんじゃないかな」と、思うことがある。

たとえば、「私は、ハワイで、日本人観光客たちがこないすごくいいスポットを知っている」なんていう。

「そんないいところなら、みんなに教えてやれよ」と、僕なんかは当たり前に思うのだが、自分だけがいい思いをしているってことが、その人には自慢になるらしい。

実に貧困な精神だと思うけれど、きっと、僕のほうがヘンなんだろう。

自分のほうが友達よりも高価なカバンをもっていて、それが恥ずかしくて、ついこっそり隠してしまう。サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』の中に、たしかそんなようなくだりがあって、「あ~、この感じわかる!」と子供のころ読んでえらく共感したのを覚えている。僕も、小学生のころに、友達の誕生日会に呼ばれてもっていったプレゼントが、他の友達がもってきたものよりもちょっとだけ高価なものだったので、「ごめん、プレゼント忘れちゃった」と、もっているのに出せなかったことがある。うちは、どちらかというとお金のないほうの家庭だったから、逆にそういうことに敏感だったのかな。

やっぱり、僕のほうがヘンなんだろうなあ。

だいいち、こんなことを語っている僕自身が、オレは人間が出来ているだろう的な自慢をしているようで、これを読んでいる人は、逆に、「石井はこんなことを自慢気に書いて、恥ずかしくないのかな」と思っているのかもしれないし......。

ん~、ぐるぐる回ってしまうぞ。

でも、自分のほうがいいものをもっていたり、人よりも頭がよかったり、金稼いでいたり、社会的な地位が高かったりといった、そんなことよりも、人が喜んでくれるのがいちばん嬉しいことだって心から思っている人たちだって、僕の周りにはいっぱいいるのだ。

そして、そのことこそが、僕の自慢だぞ。

たかが自分、されど自分

ホメられて伸びる人は、叩かれても伸びる。

叩かれてつぶれる人は、ホメられたら堕落する。

だいたい、自己啓発本とかビジネス書というのは、「何をすればいいか」を教えてくれるものです。たとえば、「笑顔で挨拶しよう」というのが本の結論的メッセージだったとしたら、「とりあえず、挨拶してみればいいんだな」ということがわかる。誰にでもわかる。あとはそれを実践するかどうかの問題で。

しかし、今度の石井の新刊、『壁』は少し違う。

たぶん、読み終わっても、いったい何をすればいいのかわからない。たしかに、面白かったような気もするし、深いことを勉強したような気もする。あちこちに素敵な言葉が散らばっていたような気もする。

でも、手ごたえがない。読後、何を学んだのかと聞かれても、すっきり答えられない。

ところが、『壁』を読んだことを忘れてしまったあたりから、自分の感じ方や考え方、振舞い方が自然に変わってくる――。

そんな感じを狙いました。

読者の意識にではなく、潜在意識にさりげなく浸透させる。催眠療法家・石井裕之のたくらみが織り込まれた本です。

信頼

前向きに生きようとする限りにおいて、自分の人生に起こるすべてのことは「必要なこと」なのだということに、ここのところ改めて気づかされています。

無駄な苦しみはないし、意味のない出会いもない。

それに気づける心があるかどうかが、人生に絶対的な信頼をおけるかどうかを左右するのだと思います。

Holiday Gift Book

1122a.jpg

有楽町丸井のTSUTAYAさんで、Holiday Gift Book のコーナーの中に『かぼ』発見。

素敵な場所に置いていただいて嬉しいです。いつもありがとうございます!!!

まっすぐ

たくさんの人から、嬉しいお手紙をいただきます。

ぜんぶ嬉しくて、大切にしてあるのですが、なかでも、『「心のブレーキ」の外し方』を読んでくれた奈良のYさんから以前にいだだいたお手紙(二回ほどいただきましたが)は涙が出るほど嬉しかった。

「そうなんだよ、僕はそういうことを言いたかったんだよ! ここまでわかってくれる人がいるなんて!」と思わず声に出してしまったほど、著者である僕の意図とか思いというものをわかってくれている。いや、わかってくれたことよりも、そんなふうに本を尊重して、著者を尊重して、気持ちや考えをくみとろうと大切に一生懸命に読んでくれていることが嬉しいんです。

こういうお手紙は、もう、著者みょうりに尽きるわけです。

しかも、「学力のない私には、まだまだ理解できてない事が沢山あるだろうけれど」なんて書かれている。どこまでも謙虚なのです。

とんでもない! キミほど『心のブレーキ』をわかってくれた人はいませんよ。かわいい便箋で、若い女のコの書く文字だから、つい油断してしまうけれど、内容を読めば、キミがものすごく頭のいい人だとすぐにわかりましたよ。

こういう人のために、僕は本を書かせていただいているんだなあ、と思えたら、とっても幸せな気持ちになりました。

若い女のコたちも、まっすぐで素敵だな。おじさん、日本の明るい未来を思って嬉しいですよ(笑)

どんな仕事も、地味でも、心をこめてやっていれば、それをまっすぐにわかってくれる人はかならずどこかにいてくれるんです。

『壁』

こんどの新刊は、フォレスト出版さんから12月半ばごろ発売予定。

タイトルは、『壁』 です。

漢字一文字の、ちょっと目を引くタイトルでしょう?

「なるほど、『かぼ』の次が『壁』で、その次が『かぶ』、それから『かび』、最後が『かば』ってことですね......」と、ある人に笑われましたが、別に狙ったわけではありません。

どんな人も、壁にぶつかることがある。仕事の壁、恋愛の壁、お金の壁、人間関係の壁......。そんな壁を超えるための潜在意識的アプローチの本です。

今回も、どうぞよろしくお引き立てのほど!

大好きな光景

若いころ、地元の中学校の夏休みの水泳教室の指導員をしていたころ、昼休みにはいつも、誰もいなくなったプールのへりに寝転がって、水面にきらきら太陽の光が反射しているようすをずっと眺めていました。

男子の部と女子の部が、午前と午後で切り替わる。その合間の夏休みのプールは、ほんとうに静かだったのです。

ときどき鳥が降りてきて、さっと水をすくって帰っていくと、水面が鋭く揺れて、光がきらきら躍る。風が吹いて水面をなでると、ゆったりとした優しい波が起こって、光はまた違ったリズムで躍りだす。

それが、僕の大好きな光景でした。あんな、誰にも邪魔されない静かで贅沢な時間は、もう手にはいらないのかな。

世の中は騒がしすぎる。無駄な言葉が多すぎる。どうでもいいような情報ばかりが、豊かな心を麻痺させていく。

いまでも、ふと、たとえば皇居のお堀なんかに反射する夕日を、ひとりで何十分間も黙って眺めていることがあります。

もしそんな僕を偶然に見かけたら、どうかそっとしておいてください。暇でそうしているわけでは、ないのだから。

何も言わない

西野椰季子先生の凄いところは、食に関する真に正しい知識と経験、そして圧倒的な哲学と美学をもっていながら、他の人の口にするものについて、押しつけがましいことは決して言わないというところです。

ふつう、頭の知識でこういうことを勉強している人は、頼まれもしないのに他人にあれこれアドバイスしたがる。

それは食や健康だけでなくて、自己啓発が好きな人とか、ヘンな宗教にハマっている人とか、占いなんかを勉強している人にも、よく見られる傾向です。

でも、西野先生は、たとえば、すぐ隣で知り合いが酷い食品を食べていたとしても、嫌な顔ひとつしない。何も言わない。

しかしそれは、「人はひと、自分はじぶんだから」と思って何も言わないのでは決してない。そういう他人に無関心な態度とは、むしろまったく逆なのです。

西野先生が何も言わないのは、「押しつけのアドバイスでは、その人は決して変わらない」ということを知っているからです。

だからこそ、もしその人が、「こういう食事はやっぱりよくないのでしょうか?」と自分から問題意識をもって聞いてきたとしたら、西野先生は、ほんとうに心を込めてアドバイスしてくれるのです。

シュタイナーも、「聞かれなければ、決して何も言わなかった人」だったそうです。相手の意識魂――つまり、本人の決断をとことん尊重する姿勢です。だから、「私はこう決めました」と言われたら、それがどんなに間違った決断であったとしても、シュタイナーは、ただ、「そうですか」と寂しそうに答えるだけだったといいます。

信じる道をいく人にとって、それはほんとうに辛く苦しいことだと思うのです。徹底的な信念と強さがなければ、できないことだと思います。そういう人は、ほんとうに少ない。

本物のほんものたる所以。

自己啓発セミナーマニアや、趣味の健康オタクには、決してできないことです。

あなたのため

「あなたのため」といいながら
「あなたのため」といっているあなたをアピールしたいだけ
そんなあなたの「あなたのため」が
わたしを一番苦しめる

麻生総理が、踏襲(とうしゅう)のことを「ふしゅう」と繰り返し誤り読んだことがマスコミの話題になったが、そういう思いこみのようなものは誰にでもあることで、「総理大臣があんな愚かな間違いを......」などと失笑する人たちは、いったい自分はそういう思いこみで間違いをしゃべっているようなことがまったくないと思っているのだろうかと僕は不思議に思う。

もちろん、ボンクラの僕になんかそういう間違いは数限りなくあるわけで、原稿の校正なんかが返ってくると、恥ずかしくてひとりで真っ赤になってしまうほどの思いこみの誤用を指摘されるようなことは、もう毎度のことで。

黙っているヤツは、決して恥なんかかかないに決まっている。だから責任感や使命感のない人は、あまり恥なんかかかないことだろう。匿名の人たちも、どんなことを言ってもやっても恥ずかしい思いなんかしないんだろう。

そりゃあ、誰だって恥なんかかきたくない。

ただ、恥をかいてでもやりたい大切なことをもっているかもっていないか。それだけの違いだ。

おいしくなければ......

今日は、西野椰季子先生のマクロビオティックのセミナーに参加させていただきました。

とても楽しく、あっという間の4時間でしたが、帰ってからいろいろと思い出してみると、本当にたくさんの学びや気づきが心で動きはじめているのが感じられます。

セミナーを聞いているときのリアルタイムの体感時間と、そこで得られた学びの量は、反比例するものだと、僕は以前からずっと思っていたのですが、今回それを再確認。つまり、あっという間に感じられる時間というのは、自分自身がセミナーの中に入り込み、つまり、お話の流れに乗っている状態なのですね。

終わってからますます心の中にいろいろな学びや気づきがぐんぐん拡がっていくというこの感じはどこから来るのかいうと、「どれだけ多くの情報が教えられたか」ということよりも、「講師の先生のあり方そのもの」が潜在意識(つまり、心の地下道)を通じて、参加者に作用するからなのだと思います。

西野先生は、ご自身が講義されていることをそのまま生きている方ですので、物理的な時間を超越して、その「凄み」が参加者の潜在意識に深く作用してくるのだと思います。

そう、まさに「凄み」ですね。

おいしくなければマクロビオティックじゃない。
楽しくなければマクロビオティックじゃない。
要するに、おいしくないから続かないのだし、
楽しくないからあれこれ深刻になってしまうのだ。
だから、料理がおいしければ、それでもうそれ以上言葉はいらないし、
実践が楽しければ、深刻に悩んだりなんかしなくてすむはず。

――という西野先生のストレートなメッセージは、まさにあらゆることに通じるんじゃないかと感じ入りました。

やっぱり凄いです。西野先生って人は。

感想

『かぼ』を読んでくださった方々から届いた感想のお手紙を、祥伝社さんから送っていただきました。担当編集の栗原さんも、読者の方々の感想を読んで「胸があつくなりました」とおっしゃっていました。

児童福祉擁護施設に寄贈してくださった方とか、たくさん買ってくれて家族や友達にプレゼントしてくださった方とか、ボクの本を支えに病気や運命と戦ってくださっている方とか......。

この皮肉な時代にあって、たった一冊の小さな本を通じて、これほどすがすがしく純粋で素直な心をもった読者の方々と結びついているということを、ボクはとても嬉しく思いました。

ありがとうございます。あなたたちがボクの励みです。

so happy together

たくさんの人に囲まれて
ボクが嬉しい笑顔のときには
ずっと後ろのほうの隅っこに
ひっそりといるのに
誰もいなくなった孤独の中の
不機嫌な顔のボクのときには
いちばん近くにいてくれる人

ふざけんじゃねぇ

僕はPMというものに命をかけています。文字どおり身を削ってやってきたし、これからもそうしていくつもりです。

たくさんの人たちを率いていくというのは、もともと一匹狼でやってきた僕にとっては正直、身に着かないことだし、その中で、依存してすがってくる人たちには、心を鬼にして突き放さなくてはならない苦しさもある。自分の脚で立つことを理想とするPMに対しては、愛しているのに、冷たくしなくてはならないときもある。

遊び半分、バイトお手伝い気分の人には、辞めてもらわなくちゃいけないときもある。嘘をついて自分を守ろうとする人には、厳しく当たらなくてはならないこともある。自分のことしか考えていない人もいらない。PMという理想を守るためには、個人的な好き嫌いとか、「まあいいじゃない」と妥協したい気持ちは排除しなくてはならない。

理想と現実の狭間で、ホンキでやっていけば、いろいろな障壁も出てくる。そんな中で、がまんしたり、少しだけ一歩引いてみたりしなくてはならないこともある。耐えがたきを耐えなくてはならないときもある。

それを、「冷めたピザ」だと表現する心なき人もいます。「石井は冷めたピザだから、必死になってあっためてもしょうがない」などと言う。

石井がPMの第一線から引いて、「拍子抜けした」と言った人もいた。なんですか? 拍子抜けって?

僕が冷めて見えるのならば、拍子抜けしたなら、その人は、最初からPMではない何かを期待していたのでしょう。みんなが笑顔でホメ合うだけの、気味の悪い仲良しクラブを期待していたのでしょう。

そういう人は、どうぞ僕から離れていってください。他に場所はいくらでもあります。僕も、そんな人と付き合うつもりはありません。

でも、僕が掲げたPMの理想に共感して、僕と同じように人生をかけてくれる人は、どこまでも全力で付いてきてください。

僕は、そういう人を死んでも裏切りません。

ダンス・ウィズ・ミー

アラフォーというよりは、アラフィフに近いボクなのでありますが、アルバムなんかでも、新しいものよりも、若いころに聞いていたもののほうがしっくりくる。

それは時代についていけないおじさんのノスタルジーだとか、オレも昔は若かった的な、古きよき時代を懐かしんでいるというような消極的な気分ではなくて、やっぱり自分の肌にあうものはあうというか、いいものはいいというか、そんな感じなのです。

いいものは、新しいとか古いという時間の枠組みとは関係なくその魅力を輝かせます。

『かぼ』を書いているときにも、ボクの中にテーマ曲がありまして、それが、アール・クルーの「ダンス・ウィズ・ミー」。オーリアンズの名曲をカバーしたものなんですが、オリジナルを凌駕しているという評価が少なくないし、ボクも断然そう思います。

さわやかで、清々しくて。さりげなく切ないフレーズがちょこっと入ってきたりして。

爪ではなく指の肉ではじくアール・クルーのガットギターの温かい響きは、ダンスというよりは、何か天使のささやきのように聞こえてくるのでした。

たとえば......

たとえば、ボクは、日本の着物の研究かなにかをしていて、着物こそは世界に誇るべき日本の文化の最高峰だと信じていて、愛していて。

あるとき、アメリカかどこかに旅行をしたときに、現地の金持ち風のおじさんに「あなた日本人ですか?」と声を掛けられて、「そうです」と答えると、そのおじさんは顔を輝かせて「実はうちのワイフが大の日本びいきなので、ぜひうちに来て日本の話をしてやってください」なんて言う。

「案外日本人ほど日本の文化には疎いものですが、ボクは着物の研究をしていまして、そんな話くらいならいくらでもできますが」と言うと、おじさんはオーマイゴッドといわんばかりの興奮ぶりで、「マイワイフはキモノが大好きで、日本に旅行したときにはいつも買って帰るのですよ。こりゃあ運命的な出会いだ。ぜったいにうちに来てください。すぐに来てください!」と。

それで、そのおじさんはすぐさま愛するワイフに電話して、「いまから日本のキモノの専門家をお招きするからいろいろ教えてもらいなさい」と言うと、電話口の奥さんも大変に興奮している様子が伝わってきて。

そんなわけで、おじさんのBMWに乗ってお宅まで連れていってもらう。ボクも悪い気はしない。悪い気がしないどころか、どんなことをしゃべろうかと考えて、わくわくしたりもする。

豪邸に車がつくと、奥さんが門のところまで飛び出してきた。

浅草とかで売っている、ナイロンのおみやげもののキモノを誇らしげに風になびかせて......。

でも、「それはほんとうのキモノじゃあないんですよ」とボクが言うことに何の意味があるだろう?

この人は、愛すべきこの人は、このキモノに満足して、このキモノを愛して、日本の文化はすばらしいとハッピーな気持ちでいるのだし。それはそれですばらしいことだし、ナイロンのキモノにだっておみやげものとしての価値があるのだし。

だから、「素敵な色のキモノですね」とかなんとか引きつる顔をごまかしごまかし笑って、ボクは話をするわけです。早く帰りたいなあ、と思いながら、こんなふうに愛想笑いをしている自分が、なんだかみじめだなあと感じながら。

たとえるならば、なんか最近は、そんな気持ちのボクなのでした。

本日は、意味不明。

これでよかったのか?

「これでよかったのか?」とキミは振り返ってみることがあるだろうが、実際のところ、これでよかったもなにも、「これしかなかった」のだ。他には選択肢など、ほんとうはなかったのだ。

後悔というのも、たいていはそんなようなもので、「あのときああしておけばよかった」などと思うのは、余裕をかましてぶら下がって生きているヤツらだけの贅沢な憂鬱なのであって、真剣に生きているキミのような人にとっては、選択はいつだって追い詰められたギリギリの決断にならなざるをえないものだ。

だから、実際のところはいまキミが立っているこの道しかなかったのだし、「あのときはやっぱりこうしかできなかった」のだし、だから正しいもなにもこの道だけがキミの真実なのだ。

したがって、時間を巻き戻すことができたと仮にしても、やっぱりキミは同じ選択をしたことだろうとボクは思う。

要するに、「これでよかったのか?」などと問うよりも、「ここからどう進むか?」を考えることのほうが大切なんじゃないかい、ってことをボクは言いたいのだ。

一対一の人

僕は、基本的には一対一の人。

もともと、講師ではなくて、セラピストとしてやってきたのだから、何百人何千人の人たちが来てくれているセミナーのときだって、一対一で話しているつもりになって疑わない。

それがいいか悪いかはわからない。

でも、これが僕の信じる唯一のスタイル。グループ相手の話が上手になりたいなどとは考えたこともない。

そもそもグループなんてものは、概念だけのもので、ほんとうは存在しない。どんなコミュニティーも、あくまでも一人ひとりの集まりにすぎない。

「上手な講演のノウハウ」だなんて、気分が悪くなる。だいたい、ノウハウなどで心が伝わるものか。

相手を思い、伝えたいと必死にもがく熱だけが、相手の心に届くのだ。相手の魂を射抜くのだ。そういう激しさがないのなら、心なんか伝わるものではない。人生を変えてしまうほどの影響力や説得力などうまれるはずもない。

なんであれ、内的に凄みのないものは、すべておもちゃにすぎない。

「私はPMだ」とぶら下がる人より、「私がPMだ」と自らの脚で立つ人がほしい。

僕は、ひとり立つ人のためのパーソナルモチベーター。

基本的に一対一の人。

野崎ファミリー

1107a.jpg

今夜は、野崎美夫さんの会社のオールスタッフミーティングにお招きいただき、まさに最上級の温かいおもてなしをいただきました。

ミーティングルームには、「石井裕之感謝祭」という壁一面の看板や、石井の等身大(?)のパネルまで用意されていて、「そ、そんなにエネルギーと時間とお金をかけていただかなくても......」と恐縮しつつも感激しました。

野崎さんはもちろん、スタッフのみなさまには、先日のPM感謝祭や、新しいPMアカデミーのホームページなど、ここのところほんとうにお世話になりっぱなしです。

1107b.jpg

一人ひとりの方が手書きで書いてくれたメッセージカードをいただきました。実は、これ、裏返してパズル的に組み合わせるとボクの顔とメッセージが出てくる......という凝りに凝ったサービス精神満点のプレゼント。

とことんドラマチックな演出は、さすがにプロアーティスト集団だなあと感じ入りました。

これからもいろいろとお世話になると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。

0.001パーセントの薬

ボクは
「みんなから愛されてます」って顔したヤツが大嫌い。
よく効く薬はまた毒にもならなきゃ嘘だろう?

ならばボクは「毒にもなる薬」ではなく
いっそ「薬にもなる毒」でありたい。

99.999パーセントの人に
嫌われナメられ無視されて
0.001パーセントの人に
「あなたがいたから生きられた」と言われたい。

A-FLOW 最新刊発売中

小学館の新雑誌、「A-FLOW(アフロ)」の12月6日号(創刊第2号)が発売になりました。

前号でかなりの好評をいただいた石井の自己啓発連載ストーリー「ボクを信じてくれる人」が掲載されています。この連載は、毎回、雑誌全体のメイン特集に連動したテーマを扱うというところがちょっとユニークだと自負しているのですが、今回のエピソードのタイトルは、「たいくつゲーム」

自分は面白いことが言えない、退屈な人間だ。そう思いこんでいる「ボク」が、平凡で奇妙な老人のしかける「心のゲーム」を通じて開眼していく......というショートストーリーです。

雑誌なので書店から姿を消すのが早いですが、見かけたら手にとってみてください。

1105.jpg

業務連絡です~

10月14日の「アンプラグド」会場にて「月刊・石井裕之」の仮申込みをしていただいた方のための優先正式申込の締め切りが、11月10日 17:00までと迫っております。まだ本申込みを済ませていない方は、お急ぎご確認くださいませ。


このご案内は、仮申込みをされた方へのご案内です。一般公開および募集は、いましばらくお待ちくださいませ。

からまわり

でも
止まっているよりは
空回りのほうがいい
少なくとも
風を起こせるから

キャスティング

先日、西野椰季子さんとお会いしたとき――


『かぼ』よかったですよ」

「ありがとうございます!」

「登場人物の中では、私は、有馬さんのキャラクターが好きなので、キャスティングを考えたんです。ハリウッド版なんですけど......」

「ハ、ハリウッド版ですかっ?!」

「私のイメージは、キアヌ・リーブスなんです」

「お~」


寡黙で、かっこよくて、でもそれは、自らを律する厳しさからにじみ出るかっこよさ。そんな感じは、まさに有馬達也のイメージどおりですね。

ハリウッド版とは想像してみたこともなかったけれど、それじゃあ、松田純平はやっぱり、僕の大好きなマット・デイモンだろうか。ボーンじゃなくて、グッド・ウィル・ハンティングとかあるいはバガーヴァンスの感じの。

《かぼ》は、ベタだけど、ペイフォワードのオスメントくんしか思い浮かばない。でも、もう大人になっちゃっているからなあ。

宮崎祥子は、素朴さと一生懸命さがほしいから、オーディションで新人を起用、ってのはどうだろう?


そして、

「私のイメージでは、続編では、有馬さんが主人公になるんですよ」

と西野さんが言ってくれました。

お世辞もあるのでしょうけれど、こういうことを言ってもらえると、ほんとうに泣けるほど嬉しいものです。なぜなら、僕の心の中では、いまも全部の登場人物たちがリアルに息づいているのですから。

実は、僕の頭の中では『かぼ』3部作の想定までできていて、パート2では、まさに有馬達也が主人公になって、そして完結篇パート3では、エピソード0的に時間を越えてパート1とリンクして、それによって全体がひとつのメビウスの輪状態になる......というイメージなんです。

もちろん、続編が書けるなどというのは夢のまた夢。チャンスが訪れれば、形にできたらいいなあ、と思っているだけで。でも、こうやって想像してみるのは、ほんとうに楽しいものです。


ちなみに、前回大盛況で、100名以上のキャンセル待ちの出た西野さんのセミナーの第2弾が11月15日に開催されます。


マクロビオティック★ハッピー講座


この日は、石井も参加して勉強させていただこうと思っていますので、女性ばかりの教室で所在なさそうな僕を見つけたら、ちょっと構ってやってくださいね(笑)

おめでとう

1102.jpg

今日は、ルーク平野さんと美穂子さんの結婚式にお招きいただきました。

そういえば、ずいぶん久しぶりの結婚式でした。僕も挨拶をさせていただきましたが、いろいろと趣向満載で素晴らしい披露宴でした。なによりも、おふたりの笑顔が最高でした。

シャンパン飲みすぎのぼーず柳田さんも、最後の美穂子さんのご両親への言葉に感動して泣いていました。ぼーずの目にも涙的な。

姫とてんてんは、ブーケ獲得できずに悔しがっていました。実に痛々しい光景でした(笑)

1101b.jpg

乾杯の挨拶をした森下さんは、「ラビラビ」をみんなに唱和させて、新婦の会社の重役さんたちはちょっとたじろいでいましたが、そんなことにはお構いなしの彼は、やっぱりどこにいても森下さんなのだということを再認識しました。いまごろ二次会の司会で、思う存分盛り上げていることでしょう。

いずれにしましても、おめでとう! ルークさん、美穂子さん。

PM感謝祭

1101.jpg

本日は、PM感謝祭が開催されました。

全国から、たくさんのPMの方々が集まってくれました。久しぶりにみんなと言葉を交わして、とても嬉しかったです。やっぱりみんな素敵だなあ。

時間の限りもあったし、300名近い人たちが来てくれたから、なかなか一人ひとりとお話しできなくて、時間が足りなく名残惜しい気持ちでした。

新体制のPM組織の発表もあり、新PMXの方々のお披露目もありました。新しいPM組織、「株式会社PMアカデミー」は、フォレスト出版さんと野崎美夫さんの共同出資会社。これからますます充実した展開が待っています。

アップデートセミナーの募集も再開。いよいよPM2.0が始動しました。

ホームページも一新。PMXたちが輝いています。

それから、野崎さんの会社の社員の方々に手厚いサポートをしていただきました。感謝いたします。


(画像は、今日、PMの中尾享子さんからプレゼントしてもらったチーフ。明日はPMのルーク平野さん夫妻の結婚式に呼んでいただいていますので、さっそ使わせていただきます。中尾さん、ありがとうね)